教えなくても人は育つ!子育て教育に必要なモノとは【プロフェッショナル仕事の流儀】

育ての極意とヒントが満載!

視察が殺到する異色のカリスマ教師。

教科書を使わずノートも取らせない不思議な授業?

そんなこと可能なの?

エリートも落ちこぼれも生き生きと輝き、伸びていく。

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【プロフェッショナル仕事の流儀】番組内容

全国から視察が殺到する注目のカリスマ教師・井本陽久(50)に密着!

あだ名はイモニイ。

超進学校から児童養護施設まで教室を飛び回り、

子どもたちを輝かせる井本の授業は、

「生徒に魔法をかける」「まるで奇跡のよう」と称賛される。

科目は数学だが、教科書を全く使わず、

ノートも一切取らせないという型破りな授業。

なぜそれで、「考える力」が伸びていくのか?

教育のみならず、子育てや人材育成などにも生きる

「育ての極意とヒント」が満載!

授業で一番大切にしていること

最低限の基礎を教えた後は

見守ることに徹するという。

一番大切にしていることは

できる、できないでもなく

理解している、していないでもなく

今考えているかどうかということ。

確かに、黒板に書かれている答えを写すだけの授業は

何にも考えていないかも。

その回答までの道筋を自分で考えたのかどうか。

先生が書いた解答だけが正解じゃないはず。

生徒たちが自分たちで考え始めた。

その様子をじっと観察。

相づちをうち、そっと背中を押す。

ただそれだけ。

短い声かけでやる気に火をつけていく。

井本が目指すのはただ一つ

「”ぷるっ”とさせる」

その問題をしている時に、先生の存在に気が付かないくらい

問題に向き合っている。

そんなふうにさせたい。

「やった!ここはこうだ!」

たとえその答えが間違っていても。

その、ほとばしるみたいな。

授業中に好き勝手に席を立ち

夢中になる生徒たち。

その姿、授業は、椅子に座ったままの私が体験してきた

授業とは全く違う光景。

井本先生は正解不正解を示さない。

生徒の答えを尊重する。

『学校での評価は、求めた答えを出せるかどうかという事

なのであって、性格に再現する力はつくかもしれないけど

別の壁が立ち上がって来た時に自分でどうにかするって

ことはできない。

試行錯誤をしらなければ。』

カリスマ教師井本の授業風景【プロフェッショナル仕事の流儀】

井本は黒板に●二つと直線1本を書いた。

この●2つと直線にすべて接する真円は何個見つけることができる?

という問題を出した。

すると、席を立ち、仲間同士考え出した。

次第に生徒たちが勝手に問題を作り始めた。

今回のこの1問で1時間、答えが出ないままの授業だった。

何を学ぶ授業だった?とスタッフが質問すると

そんなこと考えていない、むしろどんな題材でもよくて

そこでどんな思考が行われるかという事。

井本先生の教え子たちは、考える力の土台を身につけ

世界へと羽ばたいていける。

井本は「教える人」ではないという。

もし教える人になっていたら、自由に考えないと思います。

なぜなら、そこに答えがあるわけだから。

答えが違っていたら嫌じゃないですか。

井本は私は教える人ではないという。

「教える人でなければ、何をする人なんですか?」(スタッフ)

との質問には「深い質問ですね」と

「なんなんでしょう。わからないです」と

彼は答えられませんでした。

授業の下準備と愛情表現【プロフェッショナル仕事の流儀】

彼の授業はアドリブのように不思議に映ったかもしれないが

地味な下準備の賜物であるといえる。

そして、生徒のテストの答案のチェックには

驚くほどの時間をかけている。

休日にも関わらず、学校にきている。

時間がかかるには訳がある。

年間300枚以上作るというオリジナルのプリントだ。

そのほとんどが生徒の間違いを題材にしているのだという。

「誤答は宝である」

井本さんが配るプリントには一見正解に見える

ナイス誤答が仕掛けられている。

今回もプリントを配り、解説していき

正解にみえるけれど。。。

「でも違います」「これ不正解です」

すると生徒たちは「なんで?」

「ええ?」と驚き、わからないと口々に言い出した。

すると生徒たちのスイッチが狙い通りにはいった。

なるほど、これなんですね。

そして、授業以外でも、井本は生徒に絡んでいく。

要もないのに絡んでいくのは純粋にその子に「興味を持っているよ」

という事ですよね。

興味持っているよ、好きスキ好きっていうのを

貼りたいというのが根底にあると思う。

そうしてペタペタ貼っていると、もっと好きになる。

小学生の低学年の自分の息子にはどんな風に

接していけばいいのか。わからない部分があったのですが。

まさに、これをしていけばいいのでは

ないのか?

私も試していこうと思ういます。!(^^)!

大人とは、こどもにとっての意味

井本はいままで勤めてきた学校を非常勤として

あらたな場所に週3回通っている。

世間の評価軸を自信の無い子ほど気にする。

そうした世間の評価なんて取っ払ってしまえば

いくらでも魅力はある。

こどもにとっての大人の意味って、

子どもがふって大人を見た時に

微笑んでもらえる事。

子どもがふっと見た時に微笑み返せる、返すこと。

それがとても大きいといいます。

たしかに、自身のこどもが微笑んできた時に

微笑み返すと、とってもいい表情で笑いますよね。!(^^)!

あの時ってとっても無邪気で、良い笑顔します。

でも、逆に、知らん顔、笑わなかった時は

とても悲しそうな顔をします。

そんなものなんですかね。

もっと、私もスキンシップを取ろうと思いました。

こうあるべきと社会が決めつけた評価や価値観

それにとらわれず、目の前にいる子を見ると彼は決めている。

目の前の子が

そのままでダメなはずがない。

「こういう力が必要だ」

これを目的において、教育するのが教育だとすれば

子どもは見えなくなる。

その目的を見て、こどもを見ていたら

そのモノが足りているかいないかでしか見られなくなる。

その子自信を見れなくなる。

今の社会に当てはめてこどもを見るのではなく

こども自身を見てあげること。

彼らが将来、社会を作っていくのだから。

だから、社会なんて見なくていい。

と彼はいいます。

まとめ

基本的なことかもしれないけれど、とても大事な事。

当たり前すぎて意識していなかった。

こどもをちゃんと、まっすぐに見てあげること。

これだけで、こどもたちは変化していくのではないかと

考えさせられた。

自分で考えることが求められる時代になっていく。

こうあるべきという社会に当てはめようとする考え

は持たずに、もっと彼ら(こども)に真剣に向き合っていこうと思った。

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