武田真治初告白!完璧主義で勝手に絶望しない為の授業【しくじり先生】

しくじり先生 武田真治先生

武田真治(47)

1972年12月18日

北海道札幌市生まれ

1990年 芸能界デビュー

ドラマ「南くんの恋人」

「NIGHT HEAD」

映画では大島渚監督の「御法度」(1999年)

こちらでブルーリボン賞

最優秀助演男優賞を獲得

バラエティ番組では

フジテレビの「めちゃめちゃイケてるッ!」

最近では、みんなで筋肉体操でお馴染みですね。

ここまで見てくると、全然しくじりは無さそうに?見えますが。

めちゃイケメンバーにも言ってこなかったしくじりが多々あるそうです。

引きこもりになるまでの道のり

武田さん

高校の時はこう思っていたそうです。

「世界から俺は求められている」

なんて傲慢な考えでしょう(^o^)

イタい考えだけど、高校くらいなら自信に満ち溢れている

人ならあり得ますよね。

武田真治先生のキラキラ学園生活
・体育の授業になると学校中の女子が校舎の窓から自分を見ている。
・サックスを初めてロックバンドを結成。文化祭で大歓声を浴びる
・地元で超有名な超人気バンドに引き抜かれて加入
・音楽コンテストに出場しテレビ出演を果たす。
なんと、地元の楽器店のテレビCMに自分たちのバンドの
音楽が使われたりした。
なんと16歳で
第2回 ジュノン・スーパーボーイ・コンテストで
グランプリ
今や、芸能界の登竜門ですね。
決勝のアピールタイムではサックスを演奏しました。
主な出場者
伊藤英明、袴田吉彦、菅田将暉、小池徹平、原田龍二、三浦翔平
など

袴田アパ吉彦

原田4WD龍二

まさにスーパーボーイ(笑)

1989年のコンテストなのでまだカラオケボックスもなくて

みなさん、歌が壊滅的ヘタだった。

それに比べると、サックスもやっていて音程が定まらないということは

なかった。

皆さんが勝手に脱落してくれた感はありました。( ゚Д゚)

自信満々ですね。

そしてグランプリから4か月後には

ヒロインの相手役でドラマデビュー

田舎の高校をやめて、都内の定時制(高校)に編入し

ホリプロへ17歳で正式に芸能界入り。

当時お金がなくて、もらい物の売れない小さいTシャツを着ていると

フェミ男ブーム到来で大ブレイク!

世界に求められてるぅ( ゚Д゚)

そしてその他にも

1994年 男性版好きな顔ベスト20に

1位:木村拓哉

2位:福山雅治

3位:武田真治

ただ、現場スタッフからは雑に扱われた。といいます。

ただのごり押し俳優だろみたいな。

主役なのに楽屋もなかった。

しかし、当時の武田さん

こう思ってました。

「うるせえ。俺は世界に求められてる人間だ!」と

折れたら負けですよね。

スポンサーが3社も4社も付いてくると

大人がいう事を聞き始める。

「俺をどう使う?」みたいなこんな感じに

23,4歳の頃に「めちゃめちゃいけてる」が決まり

その前に「めちゃモテ」というのがありましたが

これは1社提供の番組でそのCMに武田真治と雛形あきこが起用

この二人を中心に番組が仕上がった形でした。

当時は武田真治と雛形あきこwithナインティナインという形

そんな中、ナイナイがめちゃモテの1回目でセンターに躍り出たくて

下ネタを言いまくる。

大問題に発展!

武田はナイナイを残してほしいと言った自負もあり

番組であぐらをかいてしまうんです。

ゴールデンに進出してからはこんなことに

一切前に出られない空気みたいな存在に。

スポンサーがついているとあぐらをかいていて

努力がいたらない僕と命がけで勝負してくる芸人

では実力がどんどん差が開いていきます。

スポンサーも撤退しており

武田をちやほやする理由がなくなったんです。

幸運を努力が追い越していった。

アドリブですごかったのが加藤さん。

小話として

ボスに内緒で下のスタッフを使って1本コントを撮った

といいます。

そのコントは「どさぐり」

有野さんの校門をカメラに見せるだけのコント

有野さんが「やめてください、どさぐらないでください!」

と言っているコント(笑)

こんな時でも自分にはサックスがある。

サックスがあれば、ハンサムでいさえすればよいと

ギリギリ自分を保っていた。

サックスにすがりついて自分を磨く努力を怠った。

しかしそんな彼に悲劇が。。。

「めちゃイケ」で空気の日々が続くと、
トレスで顎関節症に!
唯一の砦であるサックスも吹けなくなってしまいます。
あの生命線のサックスが!

顎関節症とは

顎が傷む、口が開かない、あごを動かすと音がする
肩もこるし、偏頭痛もしてきます。
顎が動かないだけですが
役者業としてハンサムを演じることができなくなり
それにより自信がなくなり、
武田真治さんは役者業もできない
精神状態に
いわゆる、鬱という症状です。
人に合うのが怖く、簡単な台詞でも詰まってしまい
撮影現場にも居づらい状況になったそうです。
追い込まれた生活を3年ほど送った武田真治さんは
芸能界引退を事務所へ申し出ます。
その時、彼は給料も低く、両親から仕送りもしてもらっていた状態
だったんだそうです。
ランキングで3位に入ったりとしてていたのに。
誰に相談していいのか、そう思っていた時に
知人の知人からの紹介で「怪しい集団セラピー」に参加してみない?
なんて誘われます。
先生と呼ばれる白髪の老人が登場。
2時間程度のセミナー
なにくそと思ってやってやりゃいいんだと。
でもそれは自分にとってはやってきたこと。
そんな、役に立たないかな。
なんて思ったセミナーでしたが、帰り際に言われた言葉が。
「本日の代金26万円になります。」
( ゚Д゚)
唖然としますね。
事務所やめようとしてセタピーに行って、
事務所にお金借りてやめられなくなるという。
何たる矛盾。
武田真治さんは、事務所への借金の返済のため、
芸能界の仕事は継続するが干されようとしてこんな行動に。
撮影を止めてみたり、トーク番組でガムを噛んだりと。こんな行動に、事務所が気が付き話し合いの結果、「めちゃイケ」だけ残すということに。北海道から「めちゃイケ!」の収録のためだけに東京に通うことに。しかもこれをめちゃイケメンバーには相談してなかったそうです。

第2章絶望から救った恩人

「もう一度サックスを吹きたい」

そう思ったのは

ひいおばあちゃんに会いに行ったときの事

人生で一番楽しかったことはなんですかと聞いたら

「自分が産んだ子が人前に立って何かしていたとき、あんなにワクワクしたことはない」

「あんなにドキドキわくわくしたことはない」

それを言われた時、もう一度サックスを吹きたい。

そう思ったんです。

これから生きる父や母の喜びを奪うことになる。

自分自身がその喜びを知る前に終わってしまうのかと。

そう思ったら再びサックスを吹きたい。

そう思ったんです。

復帰のため、医師に相談したところ、

あごの筋肉を支えるために全身の筋肉を鍛えなさい。

そのように言われて武田真治さん。ここから体を鍛え始めます。

この時28,9歳の頃。

武田真治と忌野清志郎

竹中直人さんが連れて行ってくれたスタジオに

忌野清志郎さんが!

初対面でしたが、「知ってるよ。サックス吹く子だよね。と

忌野清志郎さんにサックスの演奏を促され、

忌野清志郎さんはギターをアンプにつないだんです。

そして僕はサックスを渡されました。

すると昔のように音が、出ました。

(ここでよほどうれしかった昔を思い出したのか言葉に詰まっていました)

忌野清志郎さんに「君やるね、新曲のデモ作りを手伝ってくれない?」

と誘ってくれたといいます。

1999年12月24日クリスマスイブ深夜に電話が。

「今から来れるか?」

誘ってもらってなんですが、力にはなれないといいましたが

それでも構わないと

ひきこもっていた状態だった武田真治さんを

忌野清志郎が率いるバンド・ラフィータフィーの

メンバーに向かい入れてくれたのです。そして活動に参加!

めちゃイケ収録以外の時間は忌野清志郎と一緒に過ごしていたそうです!

あの日、あの時、忌野清志郎さんでなければ、サックスは吹けなかったと思う。と

忌野清志郎の名言

あるとき、忌野清志郎のパフォーマンスに観客のエネルギーも高潮し、

ライブで紹介された大事なところでミスしてしまった武田真治さん。

反省会で忌野清志郎に謝罪にいったところ

「じゃあ、今日のはリハーサル本番だったということで」

また次頑張ればいいよと言ってくれたそうです。

「次また頑張ればいい」と言ってくれたのは初めてだったそうです。

こんな簡単なことに気が付かずに調子を崩していた、

と反省していた武田真治さん。

結果を残し続けなければならない芸能界で、

「次」というのは簡単なことではないかと思います。

一度のミスや失態で信頼を失い、仕事を失う世界。

できない自分に絶望してひきこもっていた

という武田真治さんを救ってくれたのは忌野清志郎さんの言葉。

武田真治さんはこれ以降、

「できない自分を認めて楽に生きてみよう」

考えられるようになったと。

失った信頼回復のために

また前進していけたといいます。

肩の力を抜いて努力することが大切。

自分がいっぱいいっぱいであることを人に言う。これが大切だったんです

筋肉体操でもブレイクしている武田真治さん。

順風に見えた彼は実は裏では

もがき苦しんでいたんですね。

彼は幸運にも周りの人が手を差し伸べてくれていることに気が付き、復活を果たしました。

まとめ

もし、周りで苦しんでいる人がいたら手を差し伸べてあげられるそんな人になりたいものです。

武田真治さんの授業はいかがでしたか?

救われた人も多いのではないでしょうか。

もし苦しんでいるなら、早めに誰かに助けを求めてみましょう。
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