【爆報フライデー】広島カープ津田恒美の息子、カリスマモデル雅子の夫の家族愛がすごい!!

どうも、ノムリンです。

2019年7月19日 (金)19時から20時放送の爆報フライデー

の広島カープの津田恒美の息子、そしてカリスマモデル雅子の夫の

亡くなった家族への愛がすごかった!

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広島カープ津田恒美

1980年代の広島カープに炎のストッパーと呼ばれる人物がいた。

そんな彼は1993年7月20日に32歳という若さで脳腫瘍により死去。

そんな彼には一人息子の大毅くん(当時5歳)がいた。

父の死から26年・・・息子は今何をしているのか。

息子の大毅くんは幼いころから津田2世として何度もマスコミに

取り上げられていた。

そんな彼は津田と同じ野球を始めるも偉大な父と比較され

その呪縛に苦しんでいたといいます。

父親が津田恒美じゃなければ、こんな苦しい思いをする事もなかった

ある意味憎んでいたことも。

そんな彼が突如始めたのが日本一周の旅だった。

父から逃げていたがその旅で日本中の津田恒美ファンと会う事で

偉大な父と向き合おうとしていた。

自転車の旅では、北海道の最北端に父のファンがいたりして彼は

とってもびっくりしたと言います。

今は、自転車の旅を終えてなんと

自力で父の記念館を作っていた!

なぜ、記念館を作ることになったのか。

それは、自転車で全国を回っていた時に

津田恒美の使っていた物を見せてもらうことはできないか?など

多くの言葉をいただいたことをきっかけに作ることを決意したといいます。

大毅さんの想いにファンも賛同し回転資金2600万円を集めた。

そして1千万円かけて津田恒美記念館を建設

7月20日の命日にオープンを間に合わせることができた。

中はというと入口から当時の独特なフォームの手作り写真でお出迎え!

2階に進むとユニフォーム、ファンからのプレゼント、100点以上、

高校時代の卒業証書なども展示。

その横にはファンが支えるカフェも併設、そこで大毅さんもスタッフとして働いている。

多い時には一日300人が訪問するという。

そんな来訪者が最も心打たれる展示品。

それは津田恒美の座右の銘が書かれたボール

「弱気は最大の敵」

登板前にはこの言葉がかかれたボールを見て気合を入れていた

といいます。

大毅くんは自転車の旅で

沖縄の離島の学校にも

「弱気は最大の敵」と書かれているのを見て

改めて父の凄さを感じたといいます。

今も、津田恒美の魂は、息子やファンの心の中に生き続けている。

カリスマモデル雅子さん

1984年(当時19歳)モデルデビューした。

CM・モデルに20社以上、どの雑誌にも載っていた。

この「ごんぶと」のCMは今でも鮮明に覚えています。

すごくきれいな人だなぁと。

そんな彼女と夫大介さんとの出会いは2006年の3月

映画の仕事をしていた事から試写会で顔を合わせたのがきっかけだった。

大介さん34歳、雅子さん41歳の(7歳年上)

映画の共通の趣味などを通して出会って半年2006年の9月に結婚

私生活の雅子さんは仕事でのクールなイメージとは全く違っていたといいます。

自宅の屋上で小さなオリーブの苗などを育てたりする穏やかな温かみのある女性。

料理も得意だったといいます。

そんな二人を悲劇が襲ったのは2013年7月、雅子さんがなくなる1年6か月前

撮影先で体調不良を訴え、歩くことができず、車いすで帰宅となった。

病院で検査を受けると10万人に1人という極めて珍しい

サルコーマと呼ばれる「希少ガン」

という診断結果が下された。

しかも最悪だったのは腫瘍ができたのは心臓から肺に血液を送る肺動脈。

体全体への転移の恐れもあった。

右肺を全摘出しなければならなかった。

2013年12月手術をした。

その後の生活は、階段を上がることも大変で、激しい咳も出て

話すことも、息することさえも苦痛だったにも関わらず

がんである事を隠してモデルに復帰するという行動に。

ガンを公表することなく30件以上の雑誌の仕事をこなしていた。

治ると誰もが確信していた。

2014年10月亡くなる3か月前

悪性腫瘍が全身に転移してしまった。

それでも、絶対に治すと言っていたといいます。

そんな彼女は病室でもいつでもモデルとして仕事ができるように

美を保っていた、歩けなくてもモデルの仕事ができるようにと

最後の最後までモデルとして生きた。

最後に撮った病室での写真それがこちら。

とても病気しているとは思えないくらいきれいです。

亡くなった後の喪失感でいっぱいだった大介さんでしたが、

自宅であるものを見つけたといいます。

それは、モデルとして活躍していた自分が知り合う前の彼女のCMビデオや雑誌でした。

過去の妻はどんな人で、どんな経験をしてきたのか

自分の知らない妻をもっと知りたい。

多くの夫婦は過去のお互いを知らないですよね。

大介さんはそんなしらない雅子さんをもっと知りたい

そう思うようになったといいます。

その未知なる部分を知るにはどうしたらよいのか?

自分の知らない雅子さんを知っている人に聞いていこう!

自分の知らない妻を探す旅に出ることを決意するのです。

仕事の知人、高校の同級生、などなどスタイリストは編集者にいたるまで

話を聞いて回ったのです。

さらに、撮影で見てきた景色を探して回る

巡礼のような旅に出たのです。

そして、大介さんは旅の終着駅として妻・雅子さんの映画を作るという

ゴールに行きついたのです。

自ら編集し映画を作成

タイトルは「モデル雅子を追う旅」

大介さんは雅子さんの研究者になったのですね。

「モデル雅子を追う旅」は7月26日よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開です。

まとめ

一人の人をここまで、いとおしく、愛していく事ができる

スゴイと思います。

残った自分たちに何ができるのか。

考え、行動に移せること、なかなかできることでは

ないですよね。

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